Thursday, February 01, 2007

鬼門の2月始まる

未踏ユース開始月の2月始まる。
期待と不安の2月となる。
気持ち的には入学式みたいなものだ。
スケジュール管理にはかなり不安だ。
開発線を作ってプログラム開発などしたことなどない。
長期間に渡って一つのものをつくったことがない。
自身のつくったものを公開したことがない。
・・・等などないものづくしなのである。
これはソフトウェア開発において不安要素ではあるが、
逆に自身を奮い立たせるような楽しみでもある。
そもそも、なかなかこのようなことができる機会には恵まれない。
逆にいえばこのようなことができて幸せな話である。
プログラムに従事する機会に日に日に遠くなっていっている。
コンピューターサイエンスの門をはじめて叩いたときはプログラムすることがすべてだと思っていたが、
今は「プログラムすることってそんな幸せなことか??」という自身の疑念がなくもない。
つまり、プログラムすることがすべてでないことを知ってしまっている。
プログラムしないことこそというコンピューターサイエンスの一面もある。
しかしながら、この未踏ユースは「プログラムすることこそすべて」である。
むしろ、プログラムしなければ何も始まらない。
未踏ソフトウェア本ちゃんはプログラムをしなくても良い。
外部に丸投げすることが可能だ。外部委託というやつ。
アイデア作ってあとは外部におまかせなんて超ウルトラCが利くのに対して
未踏ユースではそれは通用しない。
提案者自らがプログラムを作成しなければならないし、
提案書に自身のプログラム能力の良さを魅せつけなければならない。
この提案内容を実現できる開発者であるかどうか。
未踏ソフト本ちゃんではプログラムしなくても対価として時給4000円、
未踏ユースではプログラムを書いて時給2000円。
未踏ソフト本ちゃんでは高額の、時には1千万円規模の、プロジェクト費用が払われる、
未踏ユースでは最高でもプロジェクト費用は3百万円。
この見方からすれば未踏ソフト本ちゃんよりも未踏ユースの方がかなり健全だ。
あくまである一方向から見た場合ではあるが、
未踏ユースは若手開発者の指導・育成のためにあり、将来のスーパープログラマ、スーパークリエーターを日本から排出することが目的としているため、市場に何かを創出することを求められる未踏ソフト本ちゃんとは趣旨そのものは違う。
「育成」と言う点で大きくことなる。
ソフトウェア開発育成の虎ノ門「未踏ユース」の門下生になれてハッピーなことである。
7ヶ月でどれくらい育つか。
これは自分自身、楽しみである。
未踏ユースの門下でプログラミングと7ヶ月向き合う日々は貴重な体験でなるであろう。

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